短編童話
マネキンの恋人 †
- 著:funyara9(滝川雅晴)
- 作成日:2007/06/09
- 魔法のiらんど 童話/絵本 2007/06/17付 注目作品
本編 †
ファッションの町で有名な、スキーニ町はスマートドレス通りの目抜き通りの一角に、一軒の洋服屋さんがありました。
お店の表には、立派なショーウインドーがありました。その中に、一体の女のマネキンがありました。名をヘレンと言いました。
ヘレンはお洒落な洋服を着ていました。時々、道行く若い人が、ヘレンの服をじっと眺めていきました。
「はあ、まただわ。いやねえ。いつもじっと見てるだけ。何か私にしゃべってよ。早くどこかに行ってちょうだい」
ヘレンは、ジロジロと見られることが、あまり好きではありませんでした。
「ああ、たいくつだわ」
ヘレンは、いつも窓の外を眺めておりました。
ある日、ヘレンの横に男のマネキンがやってきました。名をスノーブと言いました。
「やあ、よろしく」
「あら、ようこそここへ。あなたはどこから来たの?」
「ぼくは、ここへ来る前は紳士服屋の、シリウスというお店にいたんだ。ところが、そこの売り上げが悪くなってね。閉店してしまったんだ。それで今度、このお店で男の服を売り出すからという事で、ここに連れて来られたわけさ」
「まあ、そうなの。いろいろとあったのね。でもわたし、うれしいわ。あなたが来てくれて。わたし、生まれてこのかた、ずっと話し相手がいなかったの。仲良くやりましょうね」
それから、ヘレンはスノーブと毎日お喋りをしました。
「ねえスノーブ。あなたはどこの工場で生まれたの?」
「ぼくは、スキーニ町のはずれのジャンク工場で生まれたんだ。そこはとっても油臭い所だったよ。ヘレン、君はどこの工場で生まれたの?」
「わたしは、スキーニ町の北のノーブル工場よ。気がつくと私、スプレーをかけられてたわ。むさ苦しい男の人が大勢いたわ。女のマネキンを作っているのに、中の人間は全員男なの!」
「へえ、そうなの。さぞかしむさ苦しかったろうねえ。ハハハ。 ぼくの工場は、女の人間が半分位いたよ」
「あらそう。それはいいわねえ。どう? あなたをていねいに扱ってくれた?」
「いやあ、それがねえ。女の人間は、朝から晩までお喋りをしながらマネキンを作るんだ。だから、時々手と足がガタガタのマネキンが出来てしまうんだ」
「まあ、そうなの。それも嫌な話ねえ」
「見張りの者がやってくると、急にだまってまじめにマネキン作りをしていたけれどね」
『ガタッ』
突然、後ろの壁から音がしました。
「ん? ヘレン。今の音は何だい?」
「多分、服の着せ替えをする人間のムーディが来たのよ。わたし、ムーディのこと大嫌い! 服の着せ替えが済むと、あいついっつも私のお尻をなでていくの。それがとっても気持ちが悪いの」
「なんて野郎だ。マネキンを何だと思っているのかねえ」
後ろの壁のドアが開きました。ムーディが入ってきました。腕に新しい服をかついでおりました。
「フンフンフン♪」
ムーディは、楽しげに鼻歌を歌っておりました。
「さあ、マネキンちゃん。お楽しみの衣替えとまいりましょう!」
ムーディは、楽しげにヘレンの体から服を脱がすと、新しいお洒落な服を着せました。着せ終わると、ムーディはヘレンのお尻をなではじめました。
「いや! スノーブ、助けて!」
するとスノーブは、ムーディに向かってグラリと倒れ込みました。
『ドンッ』
スノーブの頭は、ムーディの背中に当たってぶつかりました。
「イテッ! 畜生、なんだこのマネキンは! 急に倒れてきやがって」
ムーディは、むしゃくしゃした顔で、スノーブを起こしました。
「このマネキン、どうしてくれよう」
ムーディは、握りこぶしをつくって、スノーブをにらみました。
「あっだめだ。こわしたら、ご主人様におこられる」
そう言うと、ムーディは、バタンと強くドアをしめて出ていきました。
「スノーブ、スノーブ、大丈夫? しっかりして!」
「ああ、ヘレン。ぼくは、大丈夫、少しの間、気を失っただけだよ」
「わたしのために、あんな危険な事をして! でも、とってもうれしいわ。ありがとうスノーブ!」
「いやあ、きみが嫌な目に合わなくて、よかったよ。ああゆうことは、友として、見ておれないからね」
「本当にありがとう、スノーブ。あなたは、私の親友だわ」
それから、ヘレンはスノーブと、毎日おしゃべりをしました。
スマートドレス通りに枯れ葉が舞いはじめ、秋の季節がやってきました。
「ねえ、スノーブ。寒くなってきたわね」
「ああ、そうだね。少し寒くなってきたね」
ふと、通りに目をやると、一羽のハトが道ばたにおりました。
「おや、こんな所にハトが出てくるとはね」
「ねえ、スノーブ。どうして急に現われたのかしら」
「きっと、山でエサが採れなくなったんだろうねえ。だから、こういう町に来て、人間の捨てたものを拾ってるんだろう」
「まあ、そう。かわいそうねえ。それにしても、あのしぐさ、とってもかわいいわ」
それから、ハトは毎日、通りの道ばたにやってきました。
「ああ、今日も来てくれたわ! 今日はどんなしぐさを見せてくれるのかしら」
「ヘレン。きみは相当、あのハトが気にいったようだね」
「ええ。私、あのハトを見ていると、とっても心が休まるの。かわいく首をひょこひょこさせて歩いていると思ったら、今度は力強く羽ばたいていくんだもの。見ていて全然あきないわ」
「ハハハ。なんだかぼくは、ハトに負けたみたいだな」
「何を言っているのよ。スノーブ、あなただって相当素敵なマネキンよ。あなたのように、思いやりがあって行動力のあるマネキンは、そうはいないと思うわよ」
「そうかい、それはありがとう。でもぼくはハトみたいに自由に動けないけれどね」
「いやねえ、スノーブったら」
「ハハハ」
やがて、スマートドレス通りにチラチラと小雪が降りはじめ、冬の季節がやってきました。
「ねえ、スノーブ。寒くなってきたわね」
「ああ、そうだね。寒くなってきたね」
「ねえ、スノーブ。最近、ハトをあまり見かけないわ。ちゃんと無事に生きているのかしら」
「そらあ生きているだろうよ。今頃は山に戻って、冬に備えているんじゃないかな」
「私、とっても心配だわ。ああ、私の腕が動いたら、私の足が動いたら、ショーウインドーを壊してお世話をしに行けるのに」
「きみは、あのハトを愛してしまったのかね」
「ええ、愛しているわ! あのハトと暮らしてみたいわ。そして、一緒に自由に空を飛んでみたい!」
「ぼくはおもしろくないね」
「スノーブ、誤解しないで。わたしは、あなたのことは好きよ。でも、私は生まれて始めて恋をしたの!あのハトに。 朝から晩まで、ハトのことで頭がいっぱいなのよ」
「そうかい。同じマネキンよりも、心の通わないハトの方がいいっていうんだね」
「スノーブ、ひどいわ。わたしがこんなに思っているんだもの。いつかハトにも通じるわ。わたし、そう信じてるの」
「勝手にするがいいさ」
「スノーブ…」
それから、ヘレンとスノーブはほとんどお喋りをしなくなりました。ハトは、通りからぱったりと姿を見せなくなりました。ヘレンにとって寒い日々が続きました。
やがて、スマートドレス通りに暖かい陽射しが戻りはじめ、春の季節がやってきました。
「ねえ、スノーブ。やっと暖かくなってきたわね」
「そうだね…」
スノーブとのお喋りは、そっけなく終わってしましました。
「スノーブ。この前のことは謝るわ。また以前のように、楽しくお喋りをしましょうよ」
「ハトと話したらいいじゃないか」
日に日に陽射しが暖かくなっても、スノーブとの雪解けはなりませんでした。
「ヘレン」
珍しく、スノーブから話しかけてきました。
「なあに?スノーブ」
「どうも、男の服の売上げが悪いようなんだ。もしかしたら、ぼくはよそのお店に行くかもしれないよ」
「そんな!寂しいわ。 スノーブ、行かないで!」
「これは、仕方がないことなんだ。お店の都合で、ぼくたちの行き先は決まってしまうんだ。しょせんこれがマネキンの運命さ」
「私、本当にそうなったらとても悲しいわ」
「悲しんでくれてうれしいよ。君と会えてよかったよ」
次の日、スノーブはよそのお店に行く事になりました。
『ガタッ』
突然、後ろの壁から音がしました。
後ろの壁のドアが開きました。ムーディが入ってきました。
「フンフンフン♪」
ムーディは、楽しげに鼻歌を歌っておりました。そして、スノーブのほっぺたをペンペンと手でたたきました。
「フン。これで、やっとお前ともお別れだな」
ムーディは、スノーブの体から乱暴に服を脱がすと、腕にかかえて出ていきました。
「さようなら、スノーブ。私の親友。次の所で元気で頑張ってね」
ヘレンは、また一人ぼっちになりました。
ふと、通りに目をやると、一羽のハトが道ばたにおりました。
「ああ、わたしのかわいいハトちゃん、戻ってきてくれたのね!」
それから、ハトは毎日通りの道ばたにやってきました。
ヘレンは、毎日ハトを見て過ごしました。
「ああ、わたしのハトちゃん。少し体がやせたわね。くさったエサは食べたらだめよ。親切な人間が落したエサを拾いなさいね」
やがて、ハトが二羽に増えました。どうやら、メスのハトのようでした。
「あらいやだ。わたしのハトちゃんを取らないでよ! ああ、私の腕が動いたら、私の足が動いたら、ショーウインドーを壊してお世話をしに行けるのに」
二羽のハトは、楽しげにじゃれついて、道ばたを歩いたり空を飛んでおりました。
「ああせつないわ。私のこと、まだ気付いてくれないのかしら。 私はあなたのことを、あのメスのハトよりも百倍は思っているのよ! ああ、あなたと暮らしたいわ。そして、一緒に自由に空を飛びたいわ」
やがて、スマートドレス通りに、ミンミンとセミが鳴きはじめ、夏の季節がやってきました。
『ガタッ』
突然、後ろの壁から音がしました。
後ろの壁のドアが開きました。ムーディが入ってきました。腕に、新しい女のマネキンをかついでおりました。
「フンフンフン♪ マネキンちゃん、ようこそここへ! さあさあ、新しい服を着ましょうねえ」
ムーディは、楽しげに新しいマネキンの体に、お洒落な服を着せました。着せ終わると、ムーディは新しいマネキンのお尻をなではじめました。しばらくすると、ムーディはバタンと強くドアをしめて出ていきました。
ヘレンは、新しいマネキンに声をかけました。
「ねえ、はじめまして」
「はじめまして」
「私の名はヘレンっていうの。あなたの名は?」
「プラウダ」
「ねえ、あなたさっきお尻をなでられたでしょう。気持ち悪くなかった?」
「別に」
「まあ、そう。あなた、しんぼう強いのね」
「そうかしら」
「ねえ、プラウダ。あなた、ここに来る前はどこにいたの?」
「あのさあ。いちいちうるさいわね。わたし、ここに来て間もないんだから。ちょっと落ち着かせてよ!」
「あら、そうだったわね。プラウダ、ごめんなさいね。私、ずっと一人でさみしかったのよ」
「あっそう」
それから、ヘレンは気をつかって、プラウダに話しかけるのをやめました。
次の日、通りに目をやると、二羽のハトが道ばたにおりました。
「ああ、わたしのハトちゃん、おはよう!」
ヘレンは、一日中、ハトを見つめて過ごしました。
日が暮れると、プラウダがヘレンに話しかけてきました。
「あんたさあ、あのハトとどういう関係なの?」
「あら、プラウダ。やっと話せるわね。 あのハトはね、私の恋人なの!」
「恋人?プッ、あんた馬鹿じゃないの? いったいどうやって付き合うっていうのさ」
「心をこめて愛するのよ。そうすれば、いつかきっと心が通じ合うって信じているの」
「ハハ、おめでたい人ね」
「プラウダ。それは失礼な言い方だわ」
「フン」
それから、ヘレンは気をつかって、プラウダに話しかけるのをやめました。
次の日、通りに目をやると、二羽のハトが道ばたにおりました。
「ああ、わたしのハトちゃん、おはよう!」
ヘレンは、一日中、ハトを見つめて過ごしました。
日が暮れると、プラウダが、ヘレンに話しかけてきました。
「ねえ、あんた。そうやって一日中、ハト、ハトって言うの、やめてくれない?」
「えっ? プラウダ、それはどうして?」
「気が散るのよ。あんたとわたしはこんなに近くにいるんだから。マネキンはマネキンらしく、もっとおとなしくしなさいよ」
「プラウダ。あなたの言うことは、もっともかもしれないわ。だけど私は生きがいを失いたくないわ。 生きている内に好きなことをしないで、いったい何になるっていうの」
「まったく、うるさいマネキンね」
それから、ヘレンは気をつかって、プラウダに話しかけるのをやめました。
次の日、通りに目をやると、二羽のハトが道ばたにおりました。
「ああ、わたしのハトちゃん、おはよう!」
「チェッ。またはじまった」
突然、プラウダは、ヘレンに向かってグラリと倒れ込みました。
『ドンッ』
プラウダの頭は、ヘレンの背中に当たってぶつかりました。
「キャアア! プラウダ、いったい何をするの!」
「あんた、邪魔なのよ!」
ヘレンの体は、ショーウインドーに向かってグラリと倒れ込みました。
『ガッシャーン!』
ショーウインドーが割れて、ヘレンは通りの道に落ちて行きました。
『バンッ』
にぶい音がしました。
ヘレンの体は、首が折れて、手足が曲がってしまいました。道ゆく人が、ヘレンの周りにたくさん集まってきました。
「こりゃ珍しいねえ。マネキンが道に落ちて来たぞ」
「ああ、かわいそうに。傷だらけになっちまって。きれいなマネキンだったろうに」
「それにしても、もう一体のマネキンの方は、助かってよかったわね」
ムーディがしぶい顔をしてやってきました。人垣を押し退けると、ヘレンの顔をのぞき込みました。
「あ〜あ! ここまで壊れたらもうおしまいだな。ご主人様に怒られてしまうよ、フー」
ムーディは、ヘレンの体から乱暴に服を脱がすと、腕にかかえてゴミ置き場に持って行きました。そして、ゴミ置き場にドスンと投げ込みました。
しばらくすると、ゴミ置き場のそばから声が聞こえてきました。
「ムーディさんや、今日のゴミはこれで全部ですかい?」
「ああ、そうだよ。全部持っていって。よろしく」
ヘレンはゴミ中にいました。ゴミを運ぶ車は、ごう音を立てて動き始めました。真っ暗なゴミの中で、ヘレンの体はガタガタと揺れておりました。
しばらくすると車が止まり、ゴミは車から投げ出されました。車は、黒いガスを吐きながらどこかに行ってしましました。
ヘレンは、ゴミの山に横たわっていました。
「ああ、わたしの人生もこれで終わるのね。思えば短い人生だったけど、結構楽しかったわ。わたしのハトちゃん、元気でね」
だんだん、ヘレンは目の前が見えなくなってきました。
すると、一匹のハトがヘレンの顔に近づいてきました。それは、ヘレンが愛していたハトでした。
ハトは、口に加えたエサをヘレンの口に入れようとしました。
「ああ、わたしのハトちゃん。やっと私の思いが、通じたのね」
ヘレンの目から、ひとしずくの涙が流れ落ちました。
次の日、ゴミを燃やす係りの男がやってきました。男はふとゴミの山を見ると、ヘレンのそばで死んでいるハトを見つけました。
「なんじゃこりゃ! こんなところでハトが死ぬなんて。珍しいのう。 しかも、このマネキンとずいぶんよりそって。 まるで恋人みたいだな。かわいそうに」
男は、マネキンの首とハトの死体を拾うと、それを近くの教会に持って行きました。男は裏の土に埋めて、小さな木の枝を立てました。
教会で、だれかの結婚式が行われておりました。教会の鐘が鳴りました。
すると、ヘレンとハトの魂は天使にかこまれながら、幸せそうに空に向かって飛んでいきました。
≪完≫
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これって、 †
。? (2009-10-12 (月) 20:16:45)
星の王子様…?